「当たり前」の落とし穴

自分が「当たり前」と思う事柄に対して安直に当たり前と思い込むことが、いかにリスキーかと思ったことが数日前にありました。三毛猫に関する話です。

三毛猫は基本的にメスのみです。性染色体は、オス(男)は XY、メス(女)は XX であることはご存じと思います。 ……と、これも、誰もが知っていて当たり前という論調になってしまいましたが、とりあえず先に進ませてください。

三毛猫はメスばかりということは「三毛猫の毛色の遺伝子」に詳述したとおりです。 その愛くるしい茶色と黒を誘発する遺伝子はX染色体に載っているのですが、両方の色を発するには、一方のX染色体に茶色を導く遺伝子、 もう一方のX染色体に黒を導く遺伝子を持つ必要がある、つまりX染色体を2本持つ必要があるのです。 ごく一部にオスの三毛猫もいますが、「三毛猫の毛色の遺伝子」に書いたとおり、これは性染色体が XXY となってしまった個体であり、 Yがあるので一応はオスとはなるものの、残念ながら生殖能力を持ちません。

なお、この三毛猫の毛色の遺伝子の話は、来週発売となる拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』 の第5章「エピジェネティクス」中の「三毛猫の模様はエピジェネティクスの芸術品」と題した小見出しで始まる部分にも書きました。

そこで、ふと、この数日のあいだに何度か身の周りの人たちに、「三毛猫はメスばかりだということを知ってる?」と尋ねてみたのです。 私としては、「三毛猫はメス」ということは当たり前中の当たり前と思っていたので、ほとんどの人は「そんなの知ってるよ」と答えてくるものと思っていたのです。 が、これがなんと、知っていると答えてきたのは、半分にも満たなかったのです!  私が尋ねた相手には、それこそ工学博士や弁護士もいたのですが、彼らのような大先生(←親しい間柄なので茶化します!)さえ知らないことに、 私としてそこそこの衝撃を受けました。 これは、ちょっと失礼な言葉ですが「専門馬鹿」という言葉を想起してしまったわけで、このことは「カリスマ」でも触れました。

上記拙著の第8章「サイエンスコミュニケーション」中の「名を馳せた人の言葉を鵜呑みにしていないか?」と題した小見出しで始まる箇所では、 われわれは1つの業績にとりあえず秀(ひい)でた人の言うことを何でも信じてしまう傾向があることを書きました。

そうなんです。これはお互いに当てはまる話でもあるのです。世のほとんどの人が知っていることでも、 私自身にも恥ずかしながら知らないことが当然にあるはずです。 つまり、いかに自らが「当たり前」と思ってしまい、相手も当然に知っているという前提で会話をしてしまうことに落とし穴がついてまわるということであり、 科学的な発信を続けるには、このあたりをきちんと再認識せねばとあらためて肝に銘じたところです。

ついでながら、こちら はダーウィンの『種の起源』の渡辺政隆訳版(光文社古典新訳文庫)ですが、 ダーウィンも三毛猫はメスばかりということを知っていました。 しかし、当時は「遺伝子」という概念の確立前であり、三毛猫の毛色は、メスならば2本持つX染色体上の遺伝子によるものだということまでは知りませんでした。

今回この話を書いたきっかけは、競走馬の臨床業務に従事するとおぼしき獣医師が、 サラブレッドの血統に関するレクチャーをしているユーチューブ動画をたまたま見たのですが、この内容が遺伝学的にツッコミどころ満載だったのです。 この獣医師は、三毛猫の毛色発現のベースともなっている「X染色体不活性化」については理解されてはいました。 しかし、例えば、X染色体には競走能力と深い関係があるかのようなことが語られていたのですが、それはなぜなのかの具体的説明がなかったことはもとより、 メスの生体において2本あるX染色体は、「X染色体(その1)」に書いたように相互に「組換え」を起こすことが完全に無視されていたのです。 その獣医師は、臨床の方面では優れた業績を上げている方だとは思うのですが。

(2023年5月14日記)

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