三毛猫の毛色の遺伝子
本コラム欄では「三毛猫におけるエピジェネティクス」と題したコラムを5年前に書きました。
三毛猫の毛色の発現の基本的なしくみはそこに書いたとおりです。おさらいになりますが、猫は毛を白色にする遺伝子を常染色体上に持っている一方で、
三毛猫は基本的にメスですのでX染色体を2本持ち、そのうちの1本は茶色にする遺伝子を、もう1本は茶色にしない(黒色を導く)遺伝子を持っています。
白毛とならない部分の毛色はX染色体上のこの遺伝子に左右されるのですが、「XファクターとSF(サイエンスフィクション)」
でも書いたように、メスの生体においては片方のX染色体がランダムに不活性化されるので、
茶色にする遺伝子を持つX染色体が不活性化されなければ(つまり稼働していれば)、
その遺伝子が司る皮膚の部分の毛は茶色になる一方で、そのX染色体が不活性化されれば(つまり休眠させられれば)黒色となります。
その結果、あの三毛猫の魅力あるモザイク模様が出現するわけです。
オスの三毛猫もまれにいますが、これは性染色体が XXY と異常になった個体で発生する現象です。この個体はY染色体を持つのでオスにはなるものの、
X染色体を2本持っているからなのです。なお、このXXYのオスは精子形成が正常に行えず、仔をもうけることはできません。
上記の「三毛猫におけるエピジェネティクス」の中で紹介した
『エピジェネティクス入門 三毛猫の模様はどう決まるのか』(岩波書店)の著者である佐々木裕之先生は、
九州大学を定年退職後もこの三毛猫の遺伝子の正体を是非ともつきとめたいということで、こちら の
「三毛猫の毛色をつかさどる遺伝子を解明したい!? 60年間の謎に挑む?」のウェブサイトのとおり、クラウドファンディングでの資金調達にトライされ、
私も微力ながら寄付させていただきました。今月末が締め切りですが、すでに目標額には到達しており、有意義な研究成果が得られることに遠くから応援しています。
ところで、ここまで読まれた方の中でもしかしたら、三毛猫の茶色を導く遺伝子は一方のX染色体に、
黒を導く遺伝子はもう一方のX染色体に載っているということはすでに解明されているじゃないか、と思った方もいるかもしれません。それはまったくそのとおりです。
上記の「三毛猫の毛色をつかさどる遺伝子を解明したい!? 60年間の謎に挑む?」のウェブサイトを下の方にスクロールしてみていただきたいのですが、
すでに60年以上前には、三毛猫の毛色は「X染色体不活性化」の産物であることは発見されています。
しかしそこに書かれているとおり、「例えるならば、遺伝情報全体をひとつの図書館としたとき、どの本に書かれているのかまではわかっていますが、
本の中のどの文章にあたるのかがわかっていない状態です」というのが実際です。
その遺伝子が存在する染色体は明らかにはなったが、その染色体のDNAのどの領域にある塩基配列なのか、
つまりX染色体上にたくさんある遺伝子のうちどれなのかは半世紀以上も未解明のままなのです。
今回は、馬とは直接は関係のなさそうな話を書いてしまいましたが、「牝馬はY染色体を持たない」や
「究極の進化のかたち???」に書いたように、サラブレッドの血統や配合の検討において、
エピジェネティクスの一現象たるX染色体不活性化の話は避けては通れないと思っています。
そのX染色体不活性化がもたらす深遠なる三毛猫の毛色遺伝子の研究成果は、もしかしたらサラブレッドの競走能力の検討に応用できるのかもしれないのです。
(2023年1月29日記)
戻る