究極の進化のかたち???
三冠馬3頭の世紀の対決となった先週のジャパンカップ。アーモンドアイの素晴らしきラストランに感動したと同時に、あまりの強さに唖然としたのが正直なところです。
昨今の牝馬の活躍は目まぐるしいものがあり、過去10年のJRAの年度代表馬は延べで半数が牝馬、凱旋門賞にしても今年を含めた10年間で牝馬の勝利は延べで7つ!
斤量のハンデはあるものの、それにしても近年の世界各国でのこの傾向は注目に値します。
生産における価値判断は運動能力に特化され、そこに金銭が絡んだ人間の飽くなき欲望が幾重にも重なり、そのありつく姿がサラブレッド……。
アーモンドアイという馬を見て、もしかしたら、それらが究極に突き詰められたかたちが「最強の牝馬」なのかもしれない……などと思ってしまい、
これについてどのような科学的な筋書きがありうるのかなとふと考えてみたのです。
はじめに断っておきますが、以下は、私の仮説というより妄想かもしれませんので、ご容赦下さい(笑)。
最初に、オス(男、牡、雄)とメス(女、牝、雌)の根本的な違いは何かを思い浮かべてみたのです。
当然に色々なことが列挙されるのですが、運動能力が絶対的価値たる「競走馬」という観点に立ってみると、以下が挙がるのかなと思いました:
@オスのミトコンドリアの酸化
Aメスに2本あるX染色体
まず@についてです。人や馬を含む動物は「呼吸」をしており、酸素を取り込むことで体内の炭水化物、脂肪、タンパク質などからエネルギーを取り出し、
体内でエネルギーの分配を行う物質であるアデノシン三リン酸(通称「ATP」)を合成しますが、この合成を行っている場所がミトコンドリアなのです。
そのミトコンドリアですが、「女性の長生きとミトコンドリア」 にも書いたように、
オスのミトコンドリアDNAはメスのものに比べ4倍も遺伝子を傷つける「酸化」が起こっているらしいのです。
なぜそのような重度な酸化がオスに起こっているかはかなり難しい生化学の話になり私にもついていけないのですが、
いずれにしてもこの事実は女性の長寿と密接に関連しているようであり、
そもそも運動機能のベースとなる「エネルギー産出工場」たるミトコンドリアの質自体に差異があるということであり、つまりオスは生まれつきハンデを背負っているのです。
しかし、以上のようなことだけでは昨今の牝馬の急速な活躍の話とリンクはしません。次にAについて考えてみました。
「牝馬はY染色体を持たない」にも書きましたが、X染色体には生体の機能を司る有用なかなりの数の遺伝子が存在するものの、
Y染色体にはオスという性を決定する遺伝子以外にあまり有用な遺伝子はないとされます。
従って、X染色体を2本持つメスと1本しか持たないオスとでは、身体をつくり上げる有用遺伝子の数に差が出てしまうのですが、メスの生体においては、
1本のX染色体の働きは抑制されて、性差間に不均衡がないように調整されているのです(=生物学で言う「X染色体不活性化」)。
ここで一旦ミトコンドリアに話を戻すと、「ミトコンドリアの遺伝子」にも書いたとおり、遺伝子の質というより量の観点に立つと、
ミトコンドリア自体の形成や機能維持に関与しているのは、ミトコンドリア自身の遺伝子よりも部外者たる核の、つまり染色体上の遺伝子の方がはるかに多いのです。
ここから私の妄想が暴走しますが(←韻を踏んでます(笑))、メスは、X染色体を1本しか持たないオスに仕方なく付き合って、
2本のうち1本を 「黙らせて」 いるものの、自己の能力発揮のために、2本あるX染色体の個々の有用遺伝子が上手く棲み分けを受けて稼働し、
ミトコンドリアに作用しているのではないか? そしてその棲み分けによる稼働効率が進化の過程でアップしたのではないか???
こんなSFに片足を突っ込みかけた発想を抱いてしまったのは、『男の弱まり 消えゆくY染色体の運命』(黒岩麻里 ポプラ新書)に以下の一節があったからなのです:
「女性のX染色体には父親からもらったものと母親からもらったものの2種類がありますが、片方は不活性化されているため、
どちらのX染色体の遺伝子がはたらいているかは細胞によって異なります。そしてどちらのX染色体の遺伝子を不活性化させるかはランダムに決まることがわかっています。
つまり遺伝情報がまったく同じ一卵性双生児でも、X染色体の遺伝子に関しては、姉妹(女性)間でどちらの親の遺伝子がはたらいているかはばらばらなのです。(中略)
このX染色体不活性化による影響は、一卵性双生児のみならず、女性の社会行動や認知能力、さらに免疫力や疾病にも影響をもたらしていると考えられています」
X染色体に比べて有用な遺伝子はごく少数のY染色体……かろうじてオスという性を決定する遺伝子は存在するのですが、
人間におけるそんなY染色体は500〜600万年後には消えてしまうだろうと言われており、そうです、退化の途上なのです!
なお、「なぜ特定の牝系から多くの活躍馬が出るのか?(その2)」にも書いたように、「退化」とは「進化」の範疇なのですが、その一方で、
もしも昨今の牝馬の目まぐるしい活躍が進化のひとつの姿だとしたなら、そして、サラブレッドの進化に人間などの進化と違ってかなりの加速度がついたなら、
50年後の競馬は性別による斤量差は撤廃されているかもしれませんし、100年後の競馬は現在とは逆に「牡馬2キロ減」なんていうこともありうるのかもしれませんね……。
最後に……今回のコラムの最初で私は「オス(男、牡、雄)とメス(女、牝、雌)」と無意識にこの順序で書きましたが、
これも私自身が知らず知らずに男系社会に洗脳されているということなのでしょう。
私が中学3年の時の担任の女教師が、クラス名簿の記載順が男の次に女ということを疑問視していたことをふと思い出したのですが、いまでは男女無関係に五十音順のようですね。
このように時代は徐々に変わっていくものであり、「オスとメス」ではなく「メスとオス」という表現が近い将来の当たり前かもしれません。
人間社会、特に日本の社会では相変わらず閣僚や議員にしても、企業の管理職にしても、男性ばかりというジェンダーバランスが問題化していますが、
将来は今とは逆のジェンダーバランス問題が起こっているのかもしれませんね。それはY染色体の退化にも垣間見るわれわれ生物としての宿命なのかもしれません。
アーモンドアイの鮮烈な強さにそんなことを思ってしまった「退化途上のY染色体」の上にかろうじて存在している私なのでした……。
(2020年12月6日記)
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