巨大な自転車操業(その3)

今回は、昨年7月に書いた「巨大な自転車操業(その2)」の続編です。

まず、先週放送されたNHK BS の『ヒューマニエンス』のテーマはミトコンドリアで(こちら)、 非常に興味深い内容でした。馬のミトコンドリアは多く、よってそこに酸素を運ぶ赤いタンパク質のミオグロビンが多いために馬肉は赤いとのこと。 また、長い距離を泳ぐマグロなどはミオグロビンが多いために、その色である「赤身」である一方で、 海の中であまり動かないヒラメなどはミオグロビンが少ないので「白身」であるという話には唸りました。 酸素を用いてエネルギーの通貨たるATP(アデノシン三リン酸)を合成するミトコンドリアのDNAは母性遺伝をすることからも、 私はサラブレッドの母系の重要性を仮説に掲げていますが、そんな仮説中の点が線になる思いがしてしまったのです。

ところで、日本軽種馬協会の月刊機関誌『JBBA NEWS』には直近の輸出入馬のリストが掲載されているのですが、 過日届いた2月号の当該リストを眺めたところ、昨秋の繁殖牝馬の輸入頭数の多さにビックリしました。 10-12月に輸入された繁殖牝馬は126頭にも上ります(昨年の同時期は63頭)。 このうちGI馬は33頭、GI馬を既に産んでいる馬は3頭であり、このリストに付記されているこれら36頭の飼養予定地の内訳は以下です。

 安平町:21頭
 千歳市:8頭
 その他:7頭

安平町はノーザンファーム(ごく一部は追分ファーム?)で、千歳市は社台ファームでしょう。この中でちょっと気になった馬をピックアップしてみたいと思います。

その1頭はアイルランド産のトゥープレシャスで、我が母系樹形図に こちら のとおり黄色で示しました(下線は今世紀生まれのGI馬、太字は違う種牡馬相手に複数のGI馬を産んだ牝馬)。 この馬自身は特段の競走成績はありませんが、娘の Porta Fortuna は昨年9月30日に行われた英GIチェヴァリーパークSを勝っており、 トゥープレシャスの輸入日はそれから2週間もない10月12日と上記リストにあることから、GI馬を輩出するとわかる前に導入が決まっていたということでしょう。 また、こちら のアメリカ産のソフィアズソングも輸入が11月29日ですが、 息子の Bright Future がGI馬となったのは9月2日のジョッキークラブゴールドカップであり、 こちらにしてもGI馬の母となることがわかる前に導入が決まっていたような気がします。前者の飼養予定地は安平町で、後者は千歳市ですから、さすがですね。

そして今般印象深かったのは、これらGI馬のうちブラジル産馬が2頭いるのですが、1頭は安平町、もう1頭は千歳市なのです。 社台グループがブラジル産のGI牝馬を導入というのはあまり例がないと思うのですが、それが1頭ずつ輸入しているのです。 入手可能な名牝はとにかく導入に動くというスタンスの結果ではないでしょうか。その1頭がマカダミアで樹形図は こちら であり、 もう1頭がオリンピックラスパルマスで樹形図は こちら です。

しかしちょっと眉をひそめてしまったのです。なぜなら前者の父はハットトリック、後者の父はアグネスゴールドであり、つまり 「出戻りの血」にも書いたような想いになってしまったからです。 果たして、これら牝馬にはどのような種牡馬が交配される(された)のでしょうか。 サンデーサイレンスの血を持った種牡馬が選ばれたりしたなら、ちょっと疑問符を打ちたくなります。

今月10日のクイーンカップを勝ったクイーンズウォーク、その翌日の共同通信杯を勝ったジャスティンミラノはともにキズナ産駒です。 ただし、前者の母ウェイヴェルアベニューはカナダ産のBCフィリー&メアスプリントの勝馬で、半兄はグレナディアガーズ。 後者の母マーゴットディドは英GIナンソープSの勝馬で、半姉マジックアティテュードは米GIベルモントオークスインビテーショナルSの勝馬。 つまり結局は双方とも母はGI馬、半きょうだいにGI馬がいるという血筋の馬だということです。 これは「巨大な自転車操業」の在り様(ありよう)を如実に映し出しているのではないでしょうか。 キズナ産駒が連日3歳重賞を勝った!……などと呑気なことを言っている場合ではないのです。巨大な自転車がバタンと倒れないように、背に腹は替えられないのです。

(2024年2月27日記)

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