巨大な自転車操業(その2)

今回は、以前書いた「巨大な自転車操業(その1)」の続編として、さらには、 先日開催されたセレクトセールの高額落札馬の母系を解説した 前回 の続編の意味も含めて書いていきます。

まず、先日のセレクトセールで1億円以上で落札された馬は、1歳馬が28頭、当歳馬が35頭の計63頭でしたが、そのうちの44頭(70%)は母が輸入馬でした。 そして、この44頭の母馬のうち過半数の25頭がGI馬です。GI馬でなくとも、近親にはGI馬の名がちりばめられているものばかりです。 以上のことから言えるのは、母方の血が優れていなければ高値が付かないということであり、 これは皆が母系の重要性を無意識のうちにも認めていることを意味し、言わずもがなではありますが、これら高額落札馬の大半はノーザンファームの生産馬です。

種牡馬側の視点に立てば、このような名牝との配合で活躍馬を順調に出せれば、それはあたかもその種牡馬の力のような「錯覚」を競馬サークル内に呼び起こせ、 さらに上質な牝馬も次々と集まり、確かな種牡馬ブランドが完成します。 しかし、アイドルを売り出す芸能プロダクションよろしく、売り出そうとした種牡馬に名牝をかき集めても期待どおりにいかなかった場合は、 その名はフェイドアウトしていくわけで、思いつく馬は何頭もいると思います。 そういう意味では、「天下無敵のブランド」の(その1)(その2) にはディープインパクトに対する種牡馬としての私の率直な評価をちょっとネガティブな論調で書いてしまいましたが、 競走馬としては超一流で鳴り物入りで種牡馬となった馬で、名牝をいくら相手にしても種牡馬としては鳴かず飛ばずで終わったものは少なからずいるわけであり、 その観点からすればディープは優れた種牡馬ということは間違いないでしょう。 しかし、サークル内での絶賛評価やその種付料は、あまりに度が過ぎたというのが私の視点です。

ところで、JAIRS(ジャパン・スタッドブック・インターナショナル)と日本軽種馬協会が連名で発行している『軽種馬統計』という年刊書物があり、 日本における生産、血統登録、輸出入、市場取引などの概況が記載されています。 今年の3月に発行された最新版には、昨年輸入および輸出された繁殖牝馬のリストが掲載されており、その頭数を見てみると以下のとおりです。

 輸入 147
 輸出  24

注意したいのは、例えば、今年の英愛ダービーを制した Auguste Rodin は母のロードデンドロンが日本に送り込まれ、 ディープインパクトを付けてアイルランドに帰国した後に生まれたものですが、 このようなクールモアが送り込んできて帰ったような例も輸出馬の1頭としてカウントされているのです。 このリストを眺めると、この輸出馬24頭中のざっと3分の1程度はそのような「種付後の出戻り馬」の感じです。 繁殖牝馬の輸入と輸出の比較において、質も量も含めた純粋な意味での差異があまりに大きいことがおわかりいただけるでしょう。 「一流が味わう寂しさ」にも書いたとおり、昔、日本は「種牡馬の墓場」と言われたことがありましたが、 特に著名な名牝においては、その輸入後の消息をきちんと発信していかないと、同様の言葉が当てはまってしまうおそれがあります。

そして、ここでふと、「バイアスのかかった遺伝子プール(その4)」 にも引用したダーレー・ジャパンの代表取締役ハリー・スウィーニィ氏の言葉を思い出したのです。 このような名牝の活発な輸入をいまも積極的に継続していることからも、ノーザンファームの資金繰りは大丈夫か? というような声を先日ちょっと耳にしました。 さらには、マーケットブリーダーの宿命として市場の嗜好に合わせた配合の馬をつくり出す必要があり、 サンデーサイレンスの3×3になってしまうにもかかわらずアーモンドアイにキタサンブラックを付けたことなど、 兎にも角にも「市場受けする馬」というスタンスの行き着く先が垣間見えた感じさえしてくるのです。

5月に上梓した拙著の第4章「母性遺伝」にも、今日のコラムのタイトルと同じ「巨大な自転車操業」と題した小見出しで始まるくだりを書きましたが (こちら)、似たり寄ったりの血の蔓延もあり、ノーザンファームを筆頭とする社台グループにおいて、 名牝を輸入し続ければ事業は転がっていくという状況が資金的にも果たしていつまで続くのだろうか?……と思わずにはいられないのです。

(2023年7月24日記)

巨大な自転車操業(その3)」に続く

戻る