バイアスのかかった遺伝子プール(その4)
3日前の JAIRS(ジャパン・スタッドブック・インターナショナル)のウェブサイトに
「日本はいかにして競馬大国になったのか(日本)(1)」と題した記事が掲載されました。
内容はほぼ頷くものですが、特に留意すべきと思った箇所は、ダーレー・ジャパンの代表取締役ハリー・スウィーニィ氏の
「日本の有力生産者の力量と生産馬の質の高さは誇張してもしすぎることはありません。社台は全体でおよそ1,800頭の繁殖牝馬を抱えており、そのうち250頭が自らG1馬か、
あるいはG1馬の母です」とのコメントです。
そして、その下に書かれている「1989年以降、吉田ファミリーは繁殖牝馬のために米国のセリだけで2億ドルを投じている。
これらの繁殖牝馬は、輸入されてきた種牡馬と同程度か、もしくはそれ以上に、あらゆる点で日本のサラブレッド生産を変化させるのに貢献している」
についてもまさしくそのとおりであり、これこそ或る意味で「巨大な自転車操業」に書いたことでもあるわけです。
エフフォーリアは、引退後は社台SSで種牡馬入りが既定路線でしょう。
しかしこの馬はすでにサンデーサイレンスの3×4であり、「バイアスのかかった遺伝子プール(その3)」の文末では言葉を濁しましたが、
スタッドインしても果たしてどのような牝馬群が交配相手として集められるのでしょうか?
理想はサンデーの血が入っていない牝馬ですが、「バイアスのかかった遺伝子プール(その2)」
で書いたサートゥルナーリアの交配相手の様相のとおり、サンデーの血を持たない内国産牝馬は完全に稀少価値となってしまったのです。
以上を鑑みると、今後の繁殖牝馬の輸入においては、生まれくる産駒の質向上の目的のみならず、近親交配回避の観点からも適確な選定がさらに重要になってくるのです。
けれども、すでに海外も国内も似たり寄ったりの遺伝子プールになりつつあることから、つまりグローバルに遺伝的多様性が低下しつつあることから、
導入牝馬の適確な選定は益々難解なものとなるのはないでしょうか。
そうすると、生産者各位がきちんと理解しなければならないのは、自らが実践する各々の配合における近交度合い(近交係数)です。
これについては、「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その2)」ではミッキーロケットの例を引用して説明しましたが、
仮にサンデーの3×4のエフフォーリアが、サンデーの孫のアーモンドアイと交配した場合は
こちら のようになります。
これは、サンデーのインクロスが3×4と3×5の2つ入っていることになり、その近交係数はこれらの合算値となります。
なお、「近交係数」の詳細は、こちら の 拙著『サラブレッドの血筋』(第2版)の抜粋をお読み下されば幸いです。
ところで、一卵性双生児同士の遺伝子共有率は100%である一方で、二卵性双生児の遺伝子共有率は50%です。
まずはそのことを念頭に置いたうえで、昨日の阪神の新馬戦を勝ったファントムシーフの JBISサーチにおける
こちら の5代血統表を眺めてみて下さい。
そして、このページの一番下には、Kahyasi と Kerali は各々別個に4×4と記されていることに留意して下さい。
次に、この馬のネットケイバにおける こちら の5代血統表のページを眺めてみて下さい。
ご覧のとおり下の箇所には、JBISサーチとは違い、父 Kahyasi、母 Kerali の全姉妹たる Hasili と Arrive があたかも一卵性双生児かのごとく
「Hasili、Arrive 25.00% 3x3」と記載されています。全きょうだいの遺伝子共有率は二卵性双生児と同じ50%であるのに、
一卵性双生児と同様に遺伝子共有率は100%と見なしているがゆえに、「3x3」という数字が表記されてしまっているのです。
つまり、ネットケイバのこのような表記は不適切だということです。
詳細は割愛しますが、結論から言うと、このファントムシーフのあくまで5代前までの祖先データに基づく近交係数は、3×3単体よりは高い値ではあるものの、
2×3よりは低い値となります。
しかし、それとは逆に、こちら のネットケイバのツイートでは、
あたかもファントムシーフは2×2のようなことを書いているわけであり、さらにツイッター上で検索してみても、
同様のツイートをしている競馬関係者が少なからずいることにかなり驚きます。
「似て非なる「全きょうだい」」では、「あなた自身が自らの兄弟姉妹と『同人種』と言われたなら、どんな気持ちがしますか???」
と書きましたが、あらためて一人っ子ではない人に尋ねます。どんな気持ちがしますか?
以上のようなことからも分かるとおり、競馬サークル内における近親交配に関する解釈は誤解が蔓延しており、また、
「「科学」と「技術」の相違」にも書いたように、名伯楽各位においても依然として3×4といった一定の数字の呪縛下にある様子であり、
益々バイアスがかかってくる遺伝子プール内での多重インクロス馬が増え続ける状況下、近交度合いの正確な判読の重要性が一層高まることを、
競馬サークル全体が理解すべきと切に思うわけです。……が、それはまだまだ程遠いことを痛感してしまった今週末でした。
(2022年6月19日記)
「バイアスのかかった遺伝子プール(その5)」に続く
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