近親交配(インブリーディング)とは何か?(その12)
今回は「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その11)」の続編です。
ご存じのとおり、私は世界のGI競走を勝った馬の我が母系樹形図への加筆を続けており、
先日のアルゼンチンGIの Gran Premio Joaquin S de Anchorena(ホアキン・S・デアンチョレナ大賞)を勝った El Que Sabe を
こちら のとおり加筆したのですが、その際に眺めた この馬の5代血統表
には驚きしました。ご覧のとおり、この馬の母 Inter Esperada は Interprete の1×4というインクロス持ちであり、私として初めて見るパターンでした
( (その6) に書いた1×2という凄い例はありましたが)。
Inter Esperada における1×4は、父 Interprete が自身の曽孫(ひまご)と交配したということなのですが、
この1×4の近交度合いは2×3と同じになります。
2×3で生まれた馬として、長年日本のリーディングサイヤーとして君臨したノーザンテースト、
凱旋門賞を連覇しGIを11勝した Enable、3年前の愛2000ギニー馬 Mac Swiney、一昨年のケンタッキーダービー馬 Rich Strike などを思い出しますが、
2×3にはこのような活躍馬の実例がそれなりにあることから、その近交度合いが1×4と同じというのが意外に思った方も少なくないでしょう。
拙著『サラブレッドの血筋』の既版では こちら のとおり近交係数を説明しましたが(※)、
この近交係数を示す式における「n」が、片親から共通祖先へさかのぼってもう一方の親へ戻ってくる「輪」に登場する祖先の数です。
あらためて El Que Sabe の母の Inter Esperada の5代血統表 を眺めていただきたいのですが、
その輪を描いた場合、こちらの図 のようになり、その祖先数は4です。
一方で、Enable の5代血統表 をベースに Sadler's Wells を頂点とした輪を書くと
こちらの図 のようになり、祖先数は同じく4です。
なお、Enable においては Nearctic と Hail to Reason を頂点とした輪が別途存在しますが、ここでは無視ください。
これら2つの図を比較して眺めていただきたいのですが、登場する祖先数は双方とも同じ、つまりその輪にある「線」の数も同じく5です(線の長短は無視ください)。
仔は片方の親が持つ染色体(DNA)上の総遺伝子の半分をもらいます。
つまり、或る特定の遺伝子を親から仔が受け継ぐ確率は50%ということになるわけで、線を1つ経由することは、その50%を意味します。
これが (その11) の冒頭に書いた確率の概念を要するという話です。
そして、近親交配の効果(リスク)は、父方と母方から並行して同じ遺伝子をもらうことにより現れます。
その遺伝子を、上記で引用した こちら にある「a」としましょう。
Inter Esperada の場合、父親の Interprete の a をもらう確率は、2本ある染色体の一方に a は在ることから50%、母親から Interprete の a をもらう確率は
50%×50%×50%×50%=6.25% です。
すると、父親からもらう確率と母親からもらう確率を乗じた50%×6.25%=3.125%が、a を双方から並行してもらう確率となります。
一方で、Enable の場合は、父親から Sadler's Wells の a をもらう確率は50%×50%×50%=12.5%、母親から a をもらう確率は50%×50%=25%です。
すると、父親からもらう確率と母親からもらう確率を乗じた12.5%×25%=3.125%が、a を双方から並行してもらう確率です。
つまり1×4も2×3も、遺伝子 a をダブルで(ホモで)継承する確率は同じということになるわけです。
そして、もう気づいた方もいると思いますが、2×4と3×3、3×5と4×4、2×5と3×4は、それぞれその確率は同じであるということ、
つまり近交度合いは同じだということです。
しかし、そのインクロスする祖先の血量は、1×4は56.25%、2×3は37.5%とかなりの差があります。
よって、(その11) に書いたとおり、近親交配の効果を語る際に、血量は切り離して考える必要があるのです。
ちなみに、こちら は拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』からの抜粋ですが、
全きょうだいにおける遺伝子の一致率はほぼ50%です。にもかかわらず、きょうだいや近縁同士に「≒」のような記号を用いている血統論を見かけますが、
当該言説の前後を読むと、生物学にまったく沿っていないと思うことがほとんどです。
これは、「バイアスのかかった遺伝子プール(その4)」に書いたファントムシーフの話そのものであり、
今般書いたことと深く関係する話です。
(2024年12月23日記)
(※)
引用した拙著中の「なお、サラブレッドの近親交配を語る際に、近交係数を用いるのは、以下の点で無理があると私は考えました」のくだりは、
「なお、サラブレッドの近親交配を語る際に、そのままこの近交係数を用いるのは、以下の点で注意が必要であると私は考えました」と読み替えください。
(2024年12月25&29日追記)
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