栗毛に出たグランアレグリアの初仔

グランアレグリアは、エピファネイアとのあいだに初仔を昨年1月に産みました。 この初仔の5代血統表は こちら ですが、4代前までに栗毛(栃栗毛も含む。以下「栗毛」で統一) が全くいないにかかわらず、突然栗毛が出たということがちょっと話題になっているようです。ということで今回は、これの遺伝様式について詳述してみたいと思います。

これは俗に言う「隔世遺伝」です。本コラム欄では5年前に「「隔世遺伝」の話」を書きましたし、 この隔世遺伝という現象は「遺伝しないことも遺伝」に書いたことでもあります。 その前に、まずは「メンデルの法則」の理解が必要ですので、「「メンデルの法則」とは?」を読んでいただければと思います。 なお、そこに書いた「優性の法則」ですが、拙著の こちら にも書いたように、 現在は誤解を避けるためにも「優性」は「顕性」、「劣性」は「潜性」という言葉が用いられるようになってきており、以下もそれにならいます。

メンデルの「顕性の法則」に基づき、鹿毛(黒鹿毛、青鹿毛も含む。以下「鹿毛」で統一)を導く遺伝子 E は栗毛を導く遺伝子 e に対して顕性です。 E と e を1つずつ持った遺伝子型 Ee のサラブレッドは、顕性の E が潜性の e の働きを抑制してしまうことから鹿毛となります。 すると鹿毛の馬の遺伝子型は EE か Ee であることがおわかりいただけると思いますし、 また、栗毛産駒を一切出さないディープインパクト、ロードカナロア、ルーラーシップなどの遺伝子型は EE であることがわかってきます。 これを俗に「ホモ鹿毛」と呼び、ウィキペディアにも こちら のサイトがあります。

一方で、キングカメハメハ、ハーツクライ、ドゥラメンテなどは鹿毛ながらも栗毛産駒を出します。 栗毛の馬の遺伝子型は必ず ee であり、つまり父と母から1つずつ e をもらっているわけであり、するとこれら種牡馬の遺伝子型は Ee であることが明確となります。

両親ともに鹿毛の Ee の場合、その仔は確率25%で EE、50%で Ee、25%で ee になります。つまり、鹿毛の出現率が75%。栗毛の出現率が25%ということです。 これはメンデルの「分離の法則」によるものであり、 拙著の こちら に書いた人の血液型のA型を鹿毛に、O型を栗毛に置き換えてみていただければと思います。 エピファネイアもグランアレグリアも仔に栗毛が出ることから、 どちらも遺伝子型は Ee と断定でき、グランアレグリアの初仔は25%の確率で栗毛として生まれてきたということです。

すると、「元調教師の言説」に書いたB氏の言説がいかに的外れかということもおわかりいただけるでしょう。 日本時間の今朝行われたアメリカのベルモントステークスの勝馬 Dornoch は、昨年のケンタッキーダービーの勝馬 Mage の全弟です。 ちなみに兄は栗毛、弟は鹿毛であり、この配合(父は栗毛の Good Magic、母は鹿毛の Puca)における鹿毛と栗毛の発生比率はメンデルの「分離の法則」 に基づき1:1なのですが、競馬界の大御所たるB氏に言わせれば、兄は父親の影響が出た、弟は母親の影響が出たということになってしまうのでしょうか。

さあ、今日はここからが本番です。

両親ともに鹿毛ながら栗毛という例では、アーモンドアイの2番仔(父モーリス)も同じです。 こちら がその2番仔の5代血統表です。 ご覧のように、父方祖父のスクリーンヒーローが栗毛であることから、モーリスはスクリーンヒーローから遺伝子 e をもらったことは確かで、遺伝子型は Ee です。 また、母方祖母のフサイチパンドラが栗毛なので、アーモンドアイは遺伝子 e をフサイチパンドラからもらったことも確かで、こちらも遺伝子型は Ee です。 ゆえに、アーモンドアイの2番仔も25%の確率で栗毛として生まれてきました。

グランアレグリアの初仔に話を戻せば、もうおわかりのとおり、この父方および母方のそれぞれから、 どこかに遺伝子 e が隠れ潜んで次々に継承されてきたということなんです。では、どのルート(どの祖先)から継承してきたのでしょうか?

そこで こちら をご覧ください。我が力作ですが、フリーハンドの汚い字は許してください。 グランアレグリアの初仔の5代前までにおける毛色遺伝子の保有具合を記してみたものです。 鹿毛馬において、その仔に栗毛が出現していたり両親のいずれかに栗毛がいれば、その遺伝子型は Ee と断定できます。 一方で、遺伝子型 EE の種牡馬はいくら栗毛の牝馬を相手にしても産駒に栗毛を出さず、 よってエピファネイアの父シンボリクリスエス、グランアレグリアの父ディープインパクトはその膨大な数の産駒状況からも EE であると判定でき、 このことから、こちら のとおり、シンボリクリスエスおよびディープインパクトからのルートはまさしく消えるわけです。

するとエピファネイアの e は母シーザリオから授かったことになり、シーザリオは Ee だということがわかります (シーザリオは青毛であり、その遺伝子は別染色体にあるのですが、ここでは便宜上、鹿毛の仲間と思ってください)。 同様に、グランアレグリアの e は母タピッツフライから授かったことになり、つまりタピッツフライは Ee か ee ……ん?? タピッツフライは芦毛だぞ!  と思いますよね。そうなんです。話をややこしくするのが、グランアレグリアの母タピッツフライに流れる「芦毛の遺伝子」なんです。 芦毛をもたらす遺伝子 G は、E や e とは別の染色体上にあり、この話を整理すると以下となります(ここでは青毛と白毛の遺伝子は考えないでください)。

・芦毛をもたらす遺伝子は顕性の G、その潜性の対立遺伝子(アレル)は g であり、毛色は以下のようになる。

  遺伝子型 GG: 芦毛
  遺伝子型 Gg: 芦毛(←顕性遺伝子 G により芦毛となる)
  遺伝子型 gg: 非芦毛

・鹿毛をもたらす遺伝子は顕性の E、その潜性対立遺伝子(アレル)は e であり、G や gとは別の染色体に存在。 遺伝子型 gg の場合(つまり遺伝子 G がない場合)に毛色は以下となる。

  遺伝子型 EE: 鹿毛
  遺伝子型 Ee: 鹿毛(←顕性遺伝子 E により鹿毛となる)
  遺伝子型 ee: 栗毛

つまり、G と E は別々の染色体上の遺伝子ですが、その顕潜の関係は G > E なのです。 以上の視点から、あらためて こちら を眺めてみてください。 その一番右の列は5代前祖先たる延べ32頭であり、上から番号を振りましたが、遺伝子型 EE の祖先からは e を継承することはありえないので、赤のバッテンを加えました。

あらためてエピファネイアが持つ e はどこから来たか? と探ってみると、シーザリオを経由するのは確かということで、 表の一番右に〇を付した9、10、12、15、16の祖先のいずれかということです。 同様に、グランアレグリアが持つ e はどこからきたかということでは、〇を付した25〜32の祖先のいずれかということです。

以上に記したことは、メンデルの法則をベースとした遺伝の基本が凝縮された話です。 評論家、生産者、馬主からファンに至る各層において配合に関する議論は盛んですが、その議論において基本がないがしろにされていると思うことは少なくありません。 配合論を展開するうえでも、上記のような探索からは意義ある再認識もあると思うのですが、いかがでしたでしょうか。

(2024年6月9日記)

このグランアレグリアの初仔の祖先のうち栗毛は、5代前にようやく4頭ほど出てきます。 こちら の表の右に番号を振った中の6、8、19、32 の馬です。 しかし、6と8の馬が持つ遺伝子 e はシンボリクリスエスには継承されておらず、また、19 の馬が持つ遺伝子 e もディープインパクトには継承されていません。 よって、エピファネイアが持っている遺伝子 e は6のものでも8のものでもなく、またグランアレグリアの遺伝子 e は19のものではありません。 つまり、この初仔が持つ e の出所としての可能性が残る「5代前の栗毛祖先」は、最下段の32のみとなるのです。 これが遺伝のトリックでもあり、面白さでもあります。

(2024年6月13日追記)


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