サラブレッドの行く末
明日3月5日は、「吉田牧場への我が想い」にも書いたように、私をこの世界に誘(いざな)ったテンポイントの命日です。
昨秋、生産地を訪問した際、現在の吉田牧場の代表である吉田敬貴さんご夫妻と千歳でランチをしました。
もう40年以上のつき合いになることにあらためて驚き、時の流れを把握しきれない不思議な感覚にさえなりました。
ところで先日、『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』(平林健一 NHK出版新書)を読みました。非常な感銘を受けました。そして、思ったのです。
もしもこの本が来年のJRA賞馬事文化賞の受賞はおろか候補にも挙がらなかったとしたなら、日本の競馬サークルのジャーナリズムを考え直す必要があるのではないかと。
これに関連する話は「競馬ジャーナリズム」の最後に書きました。
どこの世界にも、安直に語ることははばかられる「タブー」はあります。
私はこれについて「不都合な真実」などで敢えて触れてきましたが、
上記の本で問題提議している年に8000頭近くも生産されるサラブレッドの末路の話は紛れもなくそのメインの1つであり、
これについて我が競馬界のジャーナリズムは不当に目をそらし続けてきたのではないでしょうか?
著者の平林氏は「第5章 生かすことだけが幸せか」の中で「世間一般に語られないからこそ、誤解や偏見が生まれる」と書かれていますが、大きくうなずきます。
また、「第7章 それでも生かすために」では引退馬協会代表理事の沼田恭子氏が紹介されており、
競馬産業にはさまざまな人が関わっておりそれぞれの立場は踏まえながらも、
「『1頭産ませてみたい』というような、惰性で生産することはやめていただきたいですね」というお言葉には重みがあります。
「第9章 リーダーを育て、共に歩む」で平林氏は、「『競馬から恩恵を受けた人で、走り終えた馬の余生が確保されていないことに違和感を抱く人全て』が、
引退馬支援を行なうべき対象者だと私は思っている」、そして「引退馬問題の解決を推進するためには、リーダーが必要だ。
そしてそれは、やはりJRAにしか務まらないと思っている」と述べています。
さらに、「一握りのスターホースが脚光を浴びる一方で、数多くの馬たちが『行方不明』になるこの問題をおざなりにし続けるのは、今の時代にはそぐわないだろう」
と述べていますが、同感です。
こちら は「ウマフリ」における治郎丸敬之さんの今日のブログですが、このように多くの馬がこの世に生を享(う)け、
そして少なからず名も無きうちに消えていっているのが実際です。これを「産業動物だから」という言葉で片づけるのもありですが、その一方で、
競馬メディアの華々しい宣伝や記事に誘導されるところの一部活躍馬を過剰なまでに崇める空気に接するごとに、ジレンマとの闘いになるのです。
上記第9章で、「『自分ができることをやる』ことには、『自分にしかできないことをやる』ということも含まれると思う」と平林氏は書かかれていますが、
不肖私においては、「競走馬の福祉」に書いたように「競走馬として成り立たなかった健常性に問題のある個体」
に対して遺伝学的に目を向けることが、僭越ながらも使命と考えます。
毎年3月5日はテンポイントが天に召された朝8時40分に、周囲の誰にも気づかれないようにほんの一瞬ながら黙祷をしていました。
しかし、このような活躍した馬だけに焦点を当てるのではなく、その裏に隠れていた無数の命も忘れてはならないと、あらためて思ったところです。
(2025年3月4日記)
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