科学的な思考(その2:因果推論)

今回は前回の「科学的な思考(その1:理論なるもの)」の続編です。

こちら は、今年の1月23日に開催された厚生労働省第192回社会保障審議会医療保険部会議事録とのことです。 この中にある、或る委員の発言を抜粋したものが こちら です。 これについて、こちら でも紹介した神戸大学の教授の岩田健太郎氏がSNSで、 「ステーキを食べているから長寿なのではなく、長寿で健康だからステーキを食えるのだ」と言っていたのですが、これには大きくうなずいてしまいました。

『科学的思考入門』(植原亮 講談社現代新書)の第2章は「因果関係を考える」であり、83頁に以下のような練習問題があります。

(問題)
ある感染症に関して、地域ごとのワクチンの接種者数を調べたところ、接種者が多い地域ほど、その感染症の発症率(人口あたりの発症者数)が高いことがわかった。 では、この調査結果にもとづいて「ワクチン接種者が多いことが、その感染症の発症率を高める原因である」と考えてよいだろうか?

これについて著者の植原氏は、「『イエス』と答えるのは難しい。因果関係は逆で、発症率が高くなったからこそ、ワクチンを接種する人が多くなった、と考えるのが自然だ。 『警察官が多い都市ほど犯罪の発生率が高い。だから、警察官を減らせば犯罪の発生率を下げられるだろう』にも同様の誤りが見られることも確認してほしい。 解説の必要はないだろう」と述べています。

さらに当書の85頁では、「キノコを食べたあと、お腹を壊した」という場合において、キノコを食べた「せいで」お腹を壊した、 という因果推論をしてしまいかねないということが述べられています。 この場合は、「A:キノコを食べたこと」と「B:お腹を壊したこと」が時間的にその順序で続けて起こったというだけであり、 因果関係(A→B)まで成立しているとは限らない、というわけです。

そこで有効なのが反事実的な問いとのことであり、「事実に反する『もしキノコを食べなかったならば』という条件を立てて、 そのもとで『お腹を壊さなかったのだろうか?』と問うとよい」とのことです(当書86頁)。

ところで、われわれは「相関関係」と「因果関係」をきちんと区別して考えられているでしょうか?  当書89頁では、「A:コウノトリの生息数の減少」と「B:(人間の)赤ちゃんの出生数の減少」には相関関係があるが因果関係はない話が説明されています。 AとBの背後には「C:都市化の進行」という第三の要因が潜んでおり、都市化が進めば当然にコウノトリは減ってC→Aが起こる一方で、 狭く物価高の都市では子育てが難しく出生率が下がる、つまりC→Bであること、だからと言ってAとBが因果関係で結ばれているわけではないというわけです。

結論として、因果関係があるかを探るうえでは、以下の2点が手がかりとなるとのことです(当書96頁)。

 @AとBの間に時間的な順序関係はあるのか?
 AもしAがなかったならBは起こらなかったであろう、ということが成り立つか?

上記Aは、こちら に書いたラーメン屋の話にもつながります。

こちら には 「エピファネイア産駒においてはサンデーサイレンスのインクロス持ちの方が成績が良いなどと言う血統論者が出始めているようですが、果たしてそのような論者は、 エピファネイア産駒の大半がサンデーのインクロス持ちであるということをきちんと理解しているのでしょうか?」と書きましたが、 以上に論じてきたことからも、そのような論者は因果関係というものをきちんと理解していないことがわかります。

当書の第3章「科学的思考を阻むもの ―― 心理は真理を保証しない」にあった以下のくだり(105頁)は、 因果推論を実践する際に見落としてはならない点だなと痛感しました。

「20世紀から21世紀にかけて、がんの発症率を著しく上昇させたのは、いったい何だったのだろう? はじめて聞くと意外な印象を受けるかもしれないが、 その最も大きな要因は寿命が延びたことである。20世紀以降、医療の進歩や衛生環境の劇的な改善のおかげで、がん以外の病気で命を落とすリスクが大きく減少した。 すると、それに伴って、老化でがんになる人の割合が増えてくる。診断技術の発展によりがんが早期発見されるようになったことも大きいが、そのことよりも、 そもそも長生きできるようになったことががんのリスクが高まった最大の原因だったのだ」

(2025年3月22日記)

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