「メンデルの法則」の例外(その2)
今回は「「メンデルの法則」の例外(その1)」の続編であり、以下のとおり例外事象の列挙を続けます。
@ゲノムインプリンティング
こちらの画像 は我が息子の高校の教科書である 『スクエア 最新図説生物』(第一学習社)からの抜粋であり、
そこには以下が記されています。
「私たち哺乳類の細胞は、父親から受け継いだ遺伝子と母親から受け継いだ遺伝子のセットをもっている。
多くの遺伝子は父、母という由来に関わらず細胞内で働いているが、一部の遺伝子は父由来、あるいは母由来の一方の遺伝子しか機能せず、
しかもその片親特異的な発現が正常な個体の発生に必須であることが知られている。この現象はゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)と呼ばれ、
その過程ではDNAのメチル化が中心的な役割を果たしている」
つまりこれは、授かった遺伝子のうち、その由来が父か母かのいずれかしか意図的に働かないというものであり、当然にこれは「メンデルの法則」を超越するものです。
ところで、父系(サイヤーライン)の意義を唱える血統論が依然散見されます。「日本の競馬はサンデーサイレンスの父系の馬が活躍している」と言った場合、これは間違いではありませんが、
このようなことを唱える論者に耳を傾ける者はいないでしょう。
言わずもがなですが、日本の競馬場で走っている馬の多くは父系がサンデーサイレンス系であるからで、「男子校には男子がたくさんいます!」
と真顔で力説するようなものだからです。
上記は確かに極論です。しかし、いかなる父系重要論も、残念ながら上記のような考え方の延長線上にすぎないような気がします。
もしもその理論に信憑性を持たせようとするのであれば、父の父の父……から代々授かる遺伝子にこそ有意性がある旨の科学的な根拠を示す必要があり、
そうするとまずは、父親から授かるY染色体上にそのような遺伝子があるのかどうかということになります。
けれども「牝馬はY染色体を持たない」にも書いたとおり、「X染色体不活性化」という現象が起きていることからも、
Y染色体には性を決定する遺伝子以外にあまり有用な遺伝子はないというのが現在の定説であること、また、そもそもY染色体に競走能力に有意な遺伝子があるとしたなら、
Y染色体を持たない牝馬は議論の対象外となってしまうことからも、Y染色体説は完全に破綻をきたしてしまうのです。
ちなみにこの「X染色体不活性化」は上記の画像中にも記述されています。
そうすると次に、それこそゲノムインプリンティングの話を持ち出さざるを得ないのですが、
例えば、「2020年にJRAで出走した〇〇頭のうち△△%は……系であったが、勝率を見ると、
△△%よりはるかに高い▲▲%であった。よって……系は卓越している」というような確かなデータがあるのならまだしも、
そんなデータがない中で、代々父方から授かった遺伝子にもっぱら有意性があると主張するのはやはり究極のこじつけにすぎません。
母系を重視する者が「母系の重要性こそゲノムインプリンティングと密接な関係がある!」と反論してきたら、単にお互いの浅薄な主張をぶつけ合って終わりであり、
これも「牝馬はY染色体を持たない」に書いたとおりです。
A母性遺伝をするミトコンドリアの遺伝子
細胞内小器官たるミトコンドリアというエネルギー生産工場にある遺伝子は母からしか授からない「母性遺伝」の様式を取るため、
当然にこれは「メンデルの法則」の範囲外です。
母系の重要性の話を含めた詳細は「ミトコンドリアの遺伝子」にも書きましたので、今回は詳述は割愛します。
なぜミトコンドリアの遺伝子は母方からしか授からないのかについては、「小説 『ミトコンドリア……偉大なる母の力』」
の中でも書きましたが、精子が卵子に向かって一生懸命に泳いていく際、おしりに付いているあの細長い鞭毛(べんもう)がかなり激しく運動することで疲れ果て、
スタミナ供給源のミトコンドリアの遺伝子はかなりボロボロになってしまっており、これを受精卵がそのまま持っちゃったならば、
生まれてくる子の健常性を脅かしてしまうため、精子のミトコンドリアの遺伝子だけを集中的に抹殺する、というのが現在の生物学の説です。
深遠な「自然の摂理」ですね……。
なお、ここで念を押したいのは、メス(女性、牝)は父性遺伝をするY染色体を持たない一方で、
オス(男性、牡)は母性遺伝をするミトコンドリアの遺伝子を持つということです。
BマターナルRNA
「なぜ特定の牝系から多くの活躍馬が出るのか?(その5)」でも引用しましが、
生物学者である福岡伸一先生の『動的平衡2 生命は自由になれるのか』(小学館新書)には以下が書かれています。
「メスの卵細胞には、そのワンペアのDNAを動かすための装置が予めいろいろと用意されている。
その装置、つまり卵細胞の環境が、誕生する生命体に大きな影響を及ぼすことになる。卵細胞の環境とは、すなわち母なる生命体が生きて獲得した情報である。
卵細胞の中に何が含まれているのかはまだわからないのだけれど、基本的な卵環境はメスを通じて代々受け継がれていく。そう考えると説明できる事柄は多い」
「この卵細胞の中には『マターナルRNA』というものが準備されている。これは受精卵のゲノムからできたものではなく、
あらかじめ卵細胞が形成されるときすでに準備されている、母由来の遺伝子である。マターナルとは文字通り『母の』ということである。母が用意する環境である。
マターナルRNAがまず最初のスイッチとなって、それが新しいゲノムの働き方を決める。
だから、どのようなマターナルRNAがどれくらい卵細胞に用意されているかが、ゲノムDNA上の遺伝子のスイッチオンのタイミングを決めることになる。
マターナルRNAにどのようなものがあり、どんな働きをしているのか、それはまだほとんど明らかになっていない」
大変申し訳ないのですが、B級科学者の私が保有する情報はここまでであり、
これを読んで下さっている方々の中にA級科学者の方がいらっしゃったなら、補足をお願いしたいのですが(苦笑)。
ちなみに「メンデルの法則」とは、あくまで細胞核の中の染色体にある遺伝子を対象としたものです。
よって、上記のAとBは、メンデルの法則の「例外」と言うよりは全くの「別次元」と言った方が適切なのかもしれませんね。
今後も、血統や配合を探究する際などに、遺伝の大原則たる「メンデルの法則」や、その例外も含めた周辺の話を知っているとどのように役立つのか?……
といった視点で継続的に論じていければと思っております。
(2021年9月19日記)
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