オーナーブリーダーの奮起を願う
ご存じのとおり、アーモンドアイの来年の交配相手はイクイノックスの様子です。
下手すれば、今後のアーモンドアイの仔はすべてサンデーサイレンスのインクロス持ちとなるのではないか?……と思ったことがあったのですが、
もしかしたらそれは現実となってしまうのかもしれません。
吉沢譲治さんの『日本最強馬 秘められた血統』(PHP研究所)は、これから凱旋門賞に挑戦するオルフェーヴルという馬を軸に描いたノンフィクションですが、
第四章「メジロの遺伝子 ー 波乱万丈の血が新時代をつくる」には、
その母の父メジロマックイーンの父系祖父であるメジロアサマの血にこだわったメジロ軍団総帥の北野豊吉氏の尋常ならぬ執念の話が書かれています。
オーナーブリーダーとしての北野氏のその逸話は伝説にもなっていますが、「メジロアサマの芦毛遺伝子」
にも書いたように、初年度の受胎数はまさかのゼロ。
「種なしスイカ」というありがたくない渾名(あだな)までつけられてしまいながらも、その第四章にある「相手が機械なら、資本力と理論で勝負できる。
だが、相手は生き物だ。サラブレッドの血統の神秘なる部分を本当に刺激できるのは、常人には理解できない一途さ、頑固さ、執念、信念なのかもしれない」
のくだりには響くものがあります。まさしくこの執念がなければ、のちのオルフェーヴル、そしてゴールドシップの存在はありませんでしたし、
さらには今年のドバイワールドカップを勝ち、一昨日には東京大賞典を連覇したウシュバテソーロの存在もありませんでした。
このように、現在の名馬たちの血筋には、少なからずそのような執念を持ったオーナーブリーダーが残してきた血が入っています。
これは「隠し味のような血の意義」に書いたこととも相通ずると思います。
ゴールドシップの芦毛は紛れもなくメジロアサマから代々継承してきた遺伝子によるものであり、つまりこれは北野氏の執念が可視化されたものとも言えるでしょう。
他方、現在の日本の生産界はマーケットブリーダーがその中心の座を占めています。
そしてその大手マーケットブリーダーは、おのおのの傘下に一口馬主クラブを持っているというのが実際です。
セレクトセールをはじめとする市場に集まるバイヤーのみならず、一口馬主の各位が似たり寄ったりの血筋にばかり触手を伸ばせば、
本コラム欄では繰り返し論じてきた「近交弱勢」を惹起する遺伝的多様性低下を助長するわけですが、
そんな空気に歯止めをかけるには、もはや資本力および気骨のある、さらには科学的造詣があるオーナーブリーダーに期待をせねばならないのかもしれません。
大手のマーケットブリーダーには「ノーザンファームのジレンマ」に書いたようなジレンマを想像してしまうのですが、
ふと、こんなことを思ってしまったのです。
アーモンドアイのような超名牝は、そこにも書いたようにサークル内の空気で交配相手の選択肢がなくなってしまうわけであり、
また、仮にノーザンファーム内でアーモンドアイには別の種牡馬がいいと思ったとしても、その種牡馬の産駒だと市場価値が上がりそうもないと踏んだ場合は、
やはりイクイノックス一択のようになってしまうのでしょう。
ゆえに、ノーザンファームにとってのアーモンドアイのような知名度の高い繁殖牝馬は、
人気種牡馬とのあいだに産んだ仔を市場に送り出すことによる確たる収入源と割り切っている部分はないかと勝手な想像をしてしまうのです。
つまり、保有する繁殖牝馬群でも確たる財源と見なすグループと、「ノーザンファームが保有する日本古来の牝系」
に書いたようなグループとがあるのではないかと。ちょっと深読みしすぎだと言われるかもしれませんが。
「ブラックタイドの父系」にも書いたように、キタサンブラックにしても、イクイノックスにしても、
前評判の高い配合で生まれてきたわけではありません。
にもかかわらず、そのときどきの人気の血筋同士の配合がもてはやされることに、
そしてその結果として日本の、そして世界の血統地図にバイアスがかかり続けることに対して、このままでいいのかという想いが募るのです。
このようなサークル内の空気の流れを多少なりとも変えるために、通り一遍のバイヤー嗜好とは一線を画すようなオーナーブリーダーの存在を願わずにはいられないのです。
以下は、『日本最強馬 秘められた血統』の第四章の締めの言葉です。
「だが、このメジロアサマから始まる波乱万丈の血が、新たな時代をつくり出した。
どんでん返しの血のドラマは、母の父にメジロマックイーンを従えたステイゴールド産駒が、みごとに引き継ぐことになったのである」
俗に言う「ベスト・トゥ・ベスト」の配合には、新たな時代をつくり出すこのような「どんでん返し」という概念は存在しないということです。
(2023年12月31日記)
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