日本の生産界はこのままでいいのだろうか?

先月書いた「巨大な自転車操業(その3)」の最後に、 クイーンCを勝ったクイーンズウォーク、その翌日の共同通信杯を勝ったジャスティンミラノはともにキズナ産駒ではあるものの、 双方とも母はGI馬、半きょうだいにGI馬がいるという血筋の馬だということを書きました。

そして昨日。 中山のフラワーCを勝ったミアネーロの母ミスエーニョは米国産でGIデビュターントSの勝馬(ミスエーニョの母と叔母もGI馬)、 阪神の皐月賞トライアルの若葉S(リステッド)を勝ったミスタージーティーの母リッスンは愛国産で英GIフィリーズマイルの勝馬 (リッスンの孫には阪神JF勝馬のアスコリピチェーノ、甥には英&愛2000ギニーを含むGI4勝の名種牡馬 Henrythenavigator)、 そして中京のファルコンSを勝ったダノンマッキンリーの母ホームカミングクイーンは愛国産で英1000ギニーの勝馬 (ホームカミングクイーンの娘 Shale は愛GIモイグレアスタッドSの勝馬、半兄のDylan Thomasは凱旋門賞を含むGI6勝)です。 つまり昨日は、中山、阪神、中京の全場におけるメインレースたる3歳戦の勝馬の母は全て輸入GI馬でした。

そしてそして本日。スプリングSを快勝したシックスペンスの母フィンレイズラッキーチャームは米GIマディソンSの勝馬です。 結果、昨日の3レースを含めた4つのレースの勝馬の母は全て輸入GI馬ということです。 このような事実を突きつけられると、普通なら特別な「何か」を感じてしまうはずですが、如何でしょうか?

桜花賞、皐月賞のトライアル競走が消化されるといよいよクラシックの足音が聴こえてきます。 そこで、各馬が本格的にクラシックを見すえて始動した今年に入ってからの3歳重賞(リステッドのトライアル競走も含む)において、 その勝馬の母はGI馬かという単純視点で調べてみた結果が以下です。○を付している馬の母がGI馬です。

  イフェイオン(フェアリーS)
  ノーブルロジャー(シンザン記念)
  ダノンデサイル(京成杯)
  ビザンチンドリーム(きさらぎ賞)
○ クイーンズウォーク(クイーンC)
○ ジャスティンミラノ(共同通信杯)
  スウィープフィート(チューリップ賞)
○ コスモキュランダ(弥生賞)
○ エトヴプレ(フィリーズレビュー)
  キャットファイト(アネモネS)
○ ミアネーロ(フラワーC)
○ ダノンマッキンリー(ファルコンS)
○ ミスタージーティー(若葉S)
○ シックスペンス(スプリングS)

実に14頭中8頭(57%)の母がGI馬であり、これらは全て外国産馬です。 活躍馬の血筋おいては父にばかり目が行きがちなので、その父たる著名種牡馬の産駒としての評価に関する言及ばかりがサークル内にあふれるのですが、 もう少し別の方向から眺める必要があると口酸っぱく言いたくもなってしまうのです。 特に上記中のキズナ産駒3頭(クイーンズウォーク、ジャスティンミラノ、シックスペンス)には全て○がついており、母は全て輸入GI馬ということを忘れてはなりません。

ところで、母系の重要性を仮説に掲げている身としては、上記のような状況はそれを底上げしてくれるデータなので嬉しいことは確かです。 その一方で、本当にこのような状況、換言すれば「巨大な自転車操業」と題した我がコラムに書いてきたようなことが今後も続くことが、 我が日本の生産界として健全な姿なのかとも思ってしまいました。

そう思った理由に「一流が味わう寂しさ」や「経験と勘を重んじる世界」に書いたようなことがあります。 日高を歩くと「血統理論の在るべきかたち」にも書いたように、 いまだに一部の競馬ファンが遊興的に創出した科学的根拠が稀薄な理論を深慮なく信じる生産者も少なくないと実感することがあります。 本コラム欄では都合10回ほど「近親交配(インブリーディング)とは何か?」と題したものを書いてきましたが、 メンデルの法則も含めた遺伝の基本や各種科学的データは二の次に、経験や勘が至上と思い込む空気が依然として生産界を支配していないかという懸念をどうしても抱いてしまうのです。

特に中小の生産者は、まずは生産馬が売れるかという視点を持つことは当然でしょう。 自らが保有する繁殖牝馬は血統も競走成績も一流とは言えない場合に、その仔をできる限り高額で売りたいと思えば、 その交配相手は人気トレンドに乗っている種牡馬を選びたくなることは至極当たり前です。 その一方で、インブリーディングにはメリットもデメリットもあることは十分に承知とは思いますが、 その配合において生まれくる仔の近交度合い(近交係数)を算出して交配種牡馬を選んでいる生産者はどの程度いるのでしょうか?  インブリーディングを安直に奨励するような言説や理論がサークル内にあふれていますが、怪しいものは少なくありません。 例えば、遺伝の基本を理解して、各配合の検討段階において近交度合いの算出をきちんと励行するような気概のある生産者であれば、 少なくともそんな言説や理論に振り回されることなどないのでしょう。

配合検討においては、当然にインブリーディング以外にも気を留める事項はいくつもあり、上記のような励行が全てと言っているのではありません。 今回言いたかったのは、経験や勘が至上と思い込む空気が依然として日高を中心に支配しているのであれば、一流牝馬を多数保有し、 「「基礎」と「臨床」」に書いたようなあらゆる側面からもアプローチをしているであろう大手生産組織には、 到底太刀打ちできないような気がしたということです。

(2024年3月17日記)

戻る