バイアスのかかった遺伝子プール(その11)
今回は「バイアスのかかった遺伝子プール(その10)」の続編です。
『ROUNDERS』の編集長である治郎丸敬之さんは、競馬情報サイト『ウマフリ』に、自らが所有する繁殖牝馬ダートムーアが今年産んだ仔が小眼球症であった話を連載しています。
「連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS」と題されたブログであり、以下のとおり、今日までに10回書かれています。
第1回 第2回
第3回 第4回
第5回 第6回
第7回 第8回
第9回 第10回
第9回では私のことも書いていただき、有難うございます。そして第10回で治郎丸さんは、
「売り手も買い手も、その時代に勢いのある血を求めて殺到すると、血の偏りが生じ、多様性が失われてしまうのはサラブレッド生産の宿命なのかもしれません」と、
これが惹起するであろう不受胎、流産、奇形の問題を提議されています。我がコラムでは、流産関連の話は3ヶ月前に こちら を書きましたし、
きつい近親交配においてはその率が上昇するであろうことは こちら で触れた「近交弱勢」です。
この愛らしい福ちゃん。福ちゃんの配合は5代血統表レベルでは、どちらかと言うとアウトクロスです。
しかし、もしもその眼の障害が遺伝性であり、普段は顕性遺伝子に作用発現を抑制されている潜性遺伝子のホモ化(二重で持つこと)によるものであるならば、
サラブレッドにおける遺伝的多様性低下が遠因であることが推察されます。
上記の第1回で治郎丸さんはサラブレッドにおける当該発症率を書かれています。
若干ラフで完全なウラは取れていないデータではあるようですが、このように一定の割合でこの障害を持つ馬が生まれていることはどうも確かなようです。
それが生まれつきであり、以下の@とAの双方に合致するのであれば、その種において遺伝的多様性が低下したためではないかと疑ってみるのが筋でしょう。
@その個体はそれほど強い近親交配で生まれてきたものではない。
Aその種における発症率は過去から一定の低くない割合にあるか、近年は上昇傾向にある。
これは「近親交配多発 → 遺伝的多様性低下 → アウトクロスでも近交係数が高い個体の多発」という流れであり、
まさしく「バイアスのかかった遺伝子プール(その10)」の最後に書いたことです。
馬名を入力すれば8代血統表をすぐに打ち出してくれるウェブサイトもありますが、そこに5代前までは完全アウトクロスの馬の名を入力しても、
8代前までさかのぼるとたくさんの共通祖先の名前が出現し、入り組んだインクロスの状況が示されることがそれです。
この福ちゃんの配合について、世界中のサラブレッドの少なくとも半数以上は同等の近交レベルだという旨のコメントをSNSで見ましたが、
もしそうだとするならば、なおさら遺伝的多様性低下の実態を掘り下げるべきでしょう。
また、サラブレッドよりも相対的に近交係数が高い牛ながら、片目のような症例は見当たらないというようなコメントも見ましたが、
そもそも他の動物種と同列で論じ切れるものではありません。ちなみに肉牛の話は拙著でも触れました(こちら)。
拙著の「第2章 近親交配(インブリーディング)」の最後の箇所では猫の遺伝性疾患を紹介し、ソマリやアビシニアンにおいて高率で発症する疾病の話や、
スコティッシュフォールドの「折れ耳」も遺伝性疾患の一種である旨を書きましたが(こちら と こちら)、
このように同じ猫のあいだでも差異が見られるのです。
ただし、質や程度の差はあれど、近親交配が要注意であることは動物種を問わないことからも、犬や猫の話も引き合いに出しながらこの章を締めたというわけです。
福ちゃんのような例は「運」が大きかったことは間違いありません。しかし、だからこそなのです。
親を選ぶことはできないという意味で「親ガチャ」という言葉が昨今流行していますが、確かに親を選ぶのは不可能です。
一方で、人為的要素も大きいサラブレッドの配合の産物における「ガチャ」においては、好ましくないものを引き当てる割合を低減させる努力は不可欠です。
現実を直視すれば、治郎丸さんのブログの 第1回 に書かれているように、
福ちゃんのような例は生後すぐに処分されてしまうのが実際です。
『JBISサーチ』で或る繁殖牝馬の仔の一覧を検索した場合、そこには性別は書かれてはいるものの名もなき馬がしばしばいますが、そのような例なのかもしれません。
それが「産業動物」の生産の世界です。我がコラム欄では「収率」「歩留まり」の話は繰り返し書いてきましたが(例えば こちら )、
その率を上昇させるための不断の努力は必須であるということです。
(2024年6月15日記)
「連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS」の続編である
第11回 第12回 も張っておきます。
(2024年6月26日追記)
第13回 第14回
第15回 第16回 も張っておきます。
(2024年10月16日追記)
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