バイアスのかかった遺伝子プール(その12)

今回は「バイアスのかかった遺伝子プール(その11) 」の続編です。

ドウデュースとシャフリヤールというサンデーサイレンスの孫2頭が、新たに社台SSでスタッドインです。 すでにそこにいるサンデーの子孫を眺めると、社台Gが保有する輸入名牝群はどのようにこれらトップサイヤーたちに割り振られるのかが要注目であり、 これはのちのち深い意味を持ちそうです。

種牡馬の成功は、どれだけ優秀な繁殖牝馬を集められるかが大きな鍵になります。 これは、「巨大な自転車操業」(その1) (その2) (その3)、 「天下無敵のブランド」(その1) (その2)、 「日本の生産界はこのままでいいのだろうか?」などに書いてきたことです。 そして、結果的に成功を収めた種牡馬によって生産界の血統地図は変わってきます。 人気種牡馬の年間種付頭数が200以上が当然になった現在、それはますます顕著となりました。

輸入名牝という「パイ」の割り振りは、サンデーサイレンスの血で溢れている日本の生産界ゆえに、きついインクロスを避ける意味も持ちます。 「バイアスのかかった遺伝子プール(その9)」に書いたとおり、 昨年(2023年)のサートゥルナーリアと内国産牝馬との交配は、その95%もがサンデーのインクロスとなってしまっているのです。

こちら は来年の社台SSのラインナップであり、黄色でマークしたのはサンデーサイレンスの孫、橙色は曽孫(ひまご)です。 サンデーのインクロスを持つエフフォーリアは、玄孫(やしゃご)の意で桃色も付しました。 ご覧のとおり、サンデーの血を持つ馬は33頭中18頭(55%)であり、輸入馬および持込馬を除けば21頭中18頭(86%)にもなります。 種付料が1500万円以上の馬5頭を眺めれば4頭が孫で1頭が曽孫という状況であり、そこにこれまた孫であるドウデュースとシャフリヤールが参戦したという構図です。

数日前、「Rising trends of inbreeding in Japanese Thoroughbred horses」と題された こちら の論文を読みました。 内容は予想どおりのものであり、近年の日本はサンデーサイレンスの血の席巻による近親交配の増加が顕著であり、 これに伴う日本のサラブレッドの近交係数の相対的上昇により、近交弱勢への対応の必要性が示唆されています。

ちなみに上記の論文は、評価の定量化に「inbreeding coefficient(近交係数)」と「blood proportion(血量)」を区別して用いています。 前回 の後段に、リスクを含めた近交効果を語る際に血量は切り離して考える必要がある旨を書きましたが、まさしくそのことを示しています。 血量の話を用いるのは、この論文のようにあくまで集団遺伝学的な議論においてであり、個々のサラブレッドの近交度合いを語る際に用いるには無理があるということです。 議論の対象として「個」と「群」を区別できていない言説を見るのはしばしばであり、これは集団遺伝学的な理解が抜け落ちていることを意味します。 拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』の「第3章 失われる遺伝的多様性」の最後に「持つべき集団遺伝学の知識」と題した項を書きましたが(こちら)、 このあたりの話はあらためて本コラム欄でも論じようかと思います。

昨今はサラブレッドの近親交配増加の懸念を述べる科学的報告が増加傾向のような気がしており、近交弱勢予防の観点で、 そろそろ真摯に組織立った対応の検討を始めるべきではないでしょうか。 これについては、本コラム欄では「遺伝的多様性の低下に対する米国の方策」と題したものを (その7) まで書きましたし、 私の方策案は3年前に「我が日本の講ずべき方策」に書きました。

(2024年12月31日記)

バイアスのかかった遺伝子プール(その13)」に続く

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