異次元からの賜物

昨日は府中に赴き、ジャパンカップを観戦しました。 目の当たりにしたイクイノックスの激走をうまく表現する言葉がなかなか見つからなかったのですが、 最終的に、本コラムのタイトルにした「異次元からの賜物」という言葉が浮かびました。 そういえば、先月の天皇賞後に書いた「後付けの理屈」でも「異次元の走り」と表現したことを思い出しました。

ところで、こちら は近年の日本のGIを勝った馬の生産牧場を色分けしたものですが、 現在の日本の競馬界は黄色(=ノーザンファーム)に席巻されていることが再認識できます。 ここで考えてみていただきたいのですが、なぜこんなに黄色ばかりになったのでしょう? なぜ日高勢は伸び悩んでいるのでしょう?  そして、なぜノーザンファームと社台ファームもここまで差がついたのでしょうか?

その要因はいろいろあると思いますし、「たまたま」にも書いたように、偶然の結果である部分も確かにないわけではないでしょう。 しかし、偶然だけではあれだけ黄色が大半という状況をつくり出せるとは思えず、 ノーザンファームは 前回 も引用した「巨大な自転車操業」(その1) (その2) に書いたことを「愚直の一念」のごとく実践してきたことは、その種々要因のうちの確たるひとつだと私は考えています。

しかし、このような名牝の積極的な輸入を含めた各種戦略は、社台ファームも行ってきたことです。 すると、なぜノーザンファームの独り勝ちになってしまったのかということですが、ここでふと「経験と勘を重んじる世界」に書いたことを思い出したのです。 つまりノーザンファームは経験と勘などに頼らず、多面的多角的かつ独自の科学的なアプローチを、われわれが想像する以上に実践してきたのではないかと思ったのです。 そんな実践について一時はちょっと懐疑的ではあったのですが、先にリンクを張った表の黄色の割合を見て、あらためてそう感じざるを得なくなりました。

そして、ここで日高に目を向ければ、そのようなアプローチは果たしてどこまでなされてきたのか? ということです。 あくまで私が探究している遺伝学の領域について言えば、 「メンデルの法則のような遺伝の大原則を理解せずに血統(特に配合)を論ずるのは、憲法の条文を読まずに憲法を論ずるようなものだ」と繰り返し述べてきました。 懇意にしている日高の生産者も多々いる中でこのようなことを書くのは気が引けるのですが、残念ながら彼ら生産者の多くはこの「憲法」を理解していないように見受けます。 これは高校の生物の教科書に載っているレベルなのに……です。換言すれば、上述の「経験と勘」を過信し、そこにもっぱら依拠してはいないかということです。

「メンデルの法則」が遺伝学の憲法だとしたら、遺伝学以外の生物学においても、生産者が理解しておくべき同様のものがあるはずです。 そのようなものを理解したところで、生産馬1頭が売れるかどうかで生活が左右される身として何も変わらないと思うのは当然かもしれません。 しかし、集合的に見た場合、つまり日高の生産者の大半がそのような思考であり姿勢であったとしたなら、 もはやノーザンファームのような組織とはどんどん差がついていく、それこそ異次元に行ってしまうのではないでしょうか。 これは、昨日のイクイノックスが後続に楽々と差をつけていく姿となんとなく被ってしまったのです。

確かにイクイノックスの父であるキタサンブラックは日高の生産馬です。このような偉大な馬が今後も日高から輩出されることはあるでしょう。 けれども、論点はそのような馬を輩出する割合です。冒頭に近年の日本のGIを勝った馬の生産牧場を色分けした表のリンクを張りましたが、 以上に書いたような状況が続くようであれば、今後はさらに黄色の割合が増えるかもしれないということです。 まあ、「巨大な自転車操業」 (その2)の最後に書いた名牝の輸入を資金的に継続できるのかという問題、 さらには繰り返し論じている血の偏り(遺伝的多様性の低下)の問題があることも間違いありませんが。

生産者の現場の苦労を知りながらも、今回はちょっと僭越なことを書いてしまいました。 しかし、高額な種付料に二の足を踏み、良血の繁殖牝馬などおいそれと入手できない生産者であれば、なおさら上記で指摘した事柄に再考を要するような気がしたのです。 そのような再考をしたなら、つい先日発表された社台SSの来年の種付料一覧を見る視点も変わってくるのかもしれません。

ついでながら、その社台SSの来年の種付料一覧を見て、私の予想額とかなりの乖離があったのはスワーヴリチャードとサトノクラウンです。 スワーヴリチャードは今年デビューした初年度産駒の活躍により、200 万円から一気に 1300 万円アップの 1500 万円に高騰です。 一方で、サトノクラウンはダービー馬のタスティエーラを出したにもかかわらず、150 万円から 50 万円値上げしただけの 200 万円というのはかなり驚きました。 サンデーサイレンスの血も入っておらず、配合の選択肢に入れやすいはずだと思うのですが、この値付けは、 依然として生産界はサンデーの近親交配に対する懸念意識が高くないことと、ダービー馬を出しただけではブランド価値はおいそれとは上がらないことを意味しているのでしょうか。

(2023年11月27日記)

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