X染色体(その2)

今回は2年前に書いた「X染色体(その1)」の続編です。 また、前回 は牝馬のインクロスには意義が見出せない話を書きましたが、「牝馬」というものに焦点という意味では、 その続編の意味合いも持ちます。

最近、X染色体には優れた競走能力を導く遺伝子が存在するというような言説をいくつか見かけました。私はこれを否定はしません。 というか、「牝馬はY染色体を持たない」に書いたように、 性決定遺伝子以外に有意な遺伝子はほぼないとされるY染色体は別として、どの染色体(DNA)にも競走能力に関連する遺伝子が載っていると考えるのは自然でしょう。 しかし、その遺伝子の量、それが及ぼす影響力や質、さらには常染色体に載っている遺伝子との相互作用などは未知あり、安直に論じきれるものではありません。

性を決定する性染色体(X染色体とY染色体)ですが、X染色体を牡馬(男性、雄)は1本、牝馬(女性、雌)は2本持ちます。 これは、牡馬のX染色体は間違いなく母親からもらったものである一方で、牝馬のX染色体は父親から1本、母親から1本もらっているということです。

「伴性遺伝」という言葉を聞いたことがあるかと思います。人間の場合、血友病や赤緑色覚異常がこの遺伝に基づきます。 X染色体上にこれらを惹起する遺伝子があるのですが、女性の場合に片方のX染色体がこの遺伝子を持っていても、 もう片方がこの遺伝子を持たなければこれら形質は発現しない一方で、男性においては、1本しか持たないX染色体にその遺伝子があった場合、発現します。 つまりY染色体には何ら抑止能力がないということであり、これが当該発現率は女性より男性の方がはるかに多い理由です。

牝馬が持つ2本のX染色体ですが(以下便宜上「X1」と「X2」)、見かけたX染色体に注力した言説は、 あたかもX1とX2は、父親由来のものか母親由来のものかを区別できるという認識がベースのようであり、 以下の2点が見落とされているような気がするのです。

(1)
牝馬(女性、雌)には「X染色体不活性化」という生命現象が内在している。

(2)
父親と母親から並行して継承した2本のX染色体だが、生殖細胞において互いに組換え(交差)が起こり、 おのおのの遺伝子の一部が交換された後の新たな遺伝子構成のX染色体が仔(子)に継承される。

上記の2点は、それこそ7年前に書いた「XファクターとSF(サイエンスフィクション)」中の@とAです。

あらためて今回この話を取り上げたのは、ふと「「当たり前」の落とし穴」の最後に書いた動画を再度観たからなのです。 その動画では上記の「Xファクター」で力説する「ダブルコピー」を取り上げていましたが、これは、そのX染色体がどの祖先由来かを特定でき、 父方からも母方からも優れたX染色体を継承したという考えに基づきます。しかし以上に書いたことからも、その考えには無理があるということです。 これは「遠い祖先までさかのぼる血統表に意義は?」に書いたことにも相通じます。

各個体の生殖細胞における組換え(交差)は、常染色体および女性(牝馬、雌)のX染色体においてランダムに起こっており、 結果として、その子孫それぞれの遺伝子構成は唯一無二のものとなります。これが生命の多様性維持のしくみであり、 このことからも、その染色体はどの祖先から継承してきたものなのかという考えには無理が生じることがおわかりいただけるでしょう。 わわれれ「生き物」は、深遠な現象がいくつもいくつも絡み合った産物なのです。

(2024年10月19日記 10月21日一部文言修正)

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