サラブレッドの遺伝学に関する講習会(その2)

前回の (その1) で、昨年11月25日に新冠で開催された遺伝学の講習会の話を書きました。 この講習会でレクチャーされた内容をベースに、演題ごとに要点を絞りながら新たな解説も加わってリアレンジされた収録動画が、以下のとおりアップされました。

Part 1「サラブレッド遺伝学の基礎・単純遺伝形質と複雑遺伝形質
Part 2「遺伝と繁殖能力
Part 3「遺伝的多型と近親交配
Part 4「近親交配の影響
Part 5「遺伝子ドーピング

依然として、普段は遺伝学に接していない方々には難解な言葉や内容も少なくありませんが、まずはざっくりでいいので、通しで一回は視聴してみてください。 漠然と視聴しても得るものがあるはずです。「難しくてますますわからなくなった」という想いでもいいのです。そのような想いが生まれることも確かな収穫なのです。

なお、Part 5 は血統や配合の議論とは直接は関係ない話であり、飛ばしてもかまいません。 11月25日の翌日に獣医師向けにも本件講習会が開催されたのですが、この Part 5 はその際に追加された演題なのです。

これら動画の内容について、ざっくばらんとなりますが、私なりに書き留めておきたいと思ったことを以下に記します。

Part 2 の動画

7分50秒後あたりからの「精子の先体反応障害」の話は、もしかしたらポエティックフレア、古いところではメジロアサマがこれに該当するのだろうか? と思いました。

16分20秒後あたりからの「長く健康に走り続けた馬は、非常に優れた繁殖価値を持つ」に私はうなずきます。 「足し算という誤解」の冒頭に書いたクワイトファインや、「遺伝学的にも興味深いシラユキヒメの白い一族(その9)」 に書いたハヤヤッコを思い出しました。 なお、動画中でハミルトン博士は「日本では比較的長く健康に走った馬への評価が高い印象があります」とおっしゃっていますが、これはちょっとどうでしょうか。

Part 3 の動画

3分後あたりから近交度の推定の話がされており、「入力データはとても簡単です」「コンピュータはその一覧を読み取り……」とのことでした。 アカデミア内ではそのようなソフトがあるのかもしれませんが、サラブレッドの膨大な血統データをベースに、近交係数をきちんと打ち出すソフトを、少なくとも私は存じません。 Part 4 の27分後あたりでは、近交度をチェックする「マッチングテスト」というサービスを提供している会社がある話が出てきますが、これは高額のようです。

14分後あたりから、種牡馬1頭あたりの種付数増加により、近年の「サラブレッド群」における近交係数の上昇の問題が説明されています。 特に15分25秒後からの日本のサラブレッドの近況説明に用いられている論文は、「バイアスのかかった遺伝子プール(その12)」 で引用した論文です。また、17分後から紹介されている論文は、「バイアスのかかった遺伝子プール(その2)」で引用した論文であり、 拙著(星海社新書)でも こちら のとおり引用しました。

Part 4 の動画

生産者にとっては、この Part 4 が最も重要な演題と思います。時間がない場合は、この Part 4 だけでも視聴をお薦めします。

まず、1分40秒後あたりから紹介されている論文も拙著(星海社新書)で こちら のとおり引用しました。 この論文の著者のひとりがハミルトン博士でもあります。 今般の一連の動画群の中で、ここで示された近交係数の増加と競走成績の低下に相関ありの話は、生産者や馬主にとって最も衝撃なのではないでしょうか。

5分後(さらに15分後)あたりからは、サラブレッドという「群」において、近交係数の値そのものより、 その値の上昇率が速いことがリスキーである旨が説明されています。 これは、昨秋発行した拙著『サラブレッドの血筋(第4版)』の中で論述した こちら に関連する話であり、 そこに書いた「近交値」とは こちら に書いたとおり、私が独自に定義した数値です。

7分30秒後あたりから紹介されている論文は、「バイアスのかかった遺伝子プール(その5)」 および拙著(星海社新書)でも こちら のとおり引用した論文ですが、 今般の動画では、近年の近親交配の多発により、未出走に終わる馬の割合が増えるということがこの論文で報告されているということを紹介しています。

14分後あたりから紹介されている論文は、「近親交配(インブリーディング)と流産」で引用した論文です。

24分15秒後あたりから「近親交配に関する重要な提言」と題されたスライドで、論点の総括がなされており、非常に重要です。 ただし、そのスライドに「日本は、近親交配への意識が高く、多様な父系の積極的導入を行なっているため、他国ほど深刻ではない可能性がある」とあるのですが、 これは違うような気がします。

26分後あたりからは、遺伝的多様性の低下に対して何らかの対策を取ることは重要ながらも、具体的に何をどうするかは難しい問題である旨を話されています。 第一歩としては「教育」が極めて重要と考えているとのことですが、これは私も同じ考えです。 なお、こちら は拙著『サラブレッドの血筋(第4版)』の第2章「近親交配と遺伝的多様性」の締めの部分であり、 私の考えを記述しています。

追伸

上記のとおり、世界的にも著名なハミルトン博士がレクチャーに引用した論文のほとんどは、拙著や拙コラムにすでに引用している論文であったわけであり、 自分として確実にアンテナを張ることができていたことにちょっと安堵感も覚えました。引き続き、感度を維持しながらアンテナを張って参ります。

(2026年1月27日記)

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