大手ブリーダーの思惑

数日前発売の『優駿』最新号(2021年3月号)に「ブリーダーズビュー 日本競馬 その進化の過程」 と題された社台ファームの吉田照哉氏と岡田スタッドの岡田牧雄氏の対談が掲載されており、興味深い箇所がいくつかあったので、私なりに感じたことを以下に記してみます。

まず、日本のサラブレッドはどのようにして強くなったのかについて、冒頭(58頁1段目)で吉田氏が、 「生産者の立場からすると、一番大きな要因となったのは種牡馬ですね。それは誰もが認めるところだと思います」と言っていますが、いや、私は認めないですね(笑)。 これに対し岡田氏が、「サンデーサイレンスがいなかったら、日本の競馬はこんなに世界中から注目されることはなかったでしょう」と受けていますが、 これについてはまさしくそのとおりでしょう。つまり、種牡馬が大きな要因であるというより、まずはサンデーサイレンスが大きな要因であると言うべきのような気がしたのです。 以前、こちら に書いたとおり、サンデーサイレンスのすごさはその「個体」のすごさであって、 そこから「種牡馬」という概念の価値を総合的にアップさせるような競馬サークルの空気に疑問を投げました。

こちら にも書いたように、社台ファームやノーザンファームによる海外名牝の輸入は今なお活発です。 つまりこれは、彼らは名牝の存在なしに種牡馬の価値も底上げできないと認識している証左でもあるわけです。 しかし、これら名牝がGIを勝つような馬をどんなに出しても、例えばそれがディープインパクトの産駒であれば、「やっぱりディープの仔は素晴らしい」 という声がサークルを席巻するわけであり、各種牡馬のブランド価値の維持および向上のためにも、大きく種牡馬事業を展開している大手ブリーダーは、 間違っても肌馬が種牡馬以上に重要だというような発言はできないのではないでしょうか?

今回のこの記事全体を見渡しても、やはり種牡馬の話が多く、繁殖牝馬の話はほんのわずかです。 トータルで莫大な数の産駒が得られる種牡馬と違い、どんな名牝でも生涯に10数頭しか出産できないわけですから、話のネタにしづらい部分はあります。 また、このような対談記事は、最終的にライターや出版当事者によって読者の目を惹きやすい内容中心に編集されてしまうのかもしれませんが。

一方で、さすが岡田氏と思ったのは、「"ディープ" 産駒で母親の血統が悪い馬はあまり走っていない印象だけど、"サンデー" の仔は、 母親の血統が悪いのにGIを獲った日高の馬はたくさんいる」と言っていることです(62頁1段目)。さすがにこれについての吉田氏のコメントはありません。 もしもこれに吉田氏が頷いてしまったなら、無形固定資産のようなディープインパクトのブランド価値が損ねかねないわけですから!

ちなみに こちら では、「或る日高の著名な生産者が、ディープインパクトは肌馬を選ぶが、サンデーサイレンスは選ばなかった」 と言っていたと書きましたが、実はこの生産者こそ岡田牧雄氏です!  確かワグネリアンが勝ったダービーの直前に『ROUNDERS』の編集長の治郎丸敬之氏との対談動画でこのことを述べていたのですが、 その動画を見ながら頷いてしまったことを記憶していますし、私が こちら に書いたこととまさしく被ります。

そして岡田氏は「"サンデー" は突然変異ですよね。私の持論に、『突然変異の種牡馬はすごい』というのがあるんです。 ノーザンダンサーもサートリストラムも、きょうだいはぜんぜん走らなかったのに、種牡馬として大成功した」と言っていますが(62頁2段目)、 科学的な裏づけはないもののこれについても私は頷く部分があり、サンデーサイレンスは突然変異の賜物のような気がしていることは こちら にも書かせて頂きました。

今般の対談で、このおふたりがノーザンファームを絶賛しているのも興味深いものがありました。 岡田氏は「ノーザンファームはヨーロッパとアメリカに100頭ずつ繁殖牝馬を持って行って、サンデー系の種牡馬に特化した生産をしてほしい。 そうすれば、向こうでもトップクラスになるでしょう」と言っていますし、 吉田氏も「ノーザンファームが本腰を入れれば、向こうのビッグレースを全部勝っちゃうと思う。そのくらいの調教ノウハウを持っている」と言っています(65頁1〜2段目)。

けれども私は上記についてはかなり懐疑的です。確かにノーザンファームの育成や調教のノウハウは世界トップクラスでしょうが、その一方で、 こちらこちら に書いたような配合を深慮なく広く実践してしまっているような気がしてならないからです。 また、例えば こちら で取り上げた米国ジョッキークラブが発効した種付頭数制限策に対して、 ケンタッキーの3つの大手ブリーダーがその違法性を主張して5日前の2月23日に提訴したようであり、 本格的な海外進出を模索する場合はこのようなことにも的確なスタンスを取らねばならず、 こちら にも書いたように全てはその後継者の手腕にかかってくるのでしょう。

今後の生産界、ひいては競馬界の発展は、吉田氏、岡田氏をはじめとする大手ブリーダーの考え方に大きく影響されることは間違いなく、 今後も各氏の言動にはしっかりとアンテナを張っていきたいと思っています。

(2021年2月28日記)

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