近交係数と繁殖成績との関係

先週の日本ウマ科学会の 年次学術集会 で、 「国内サラブレッド生産における近交係数と繁殖成績との関係」と題された発表がありました。 ここに書かれている結果を端的にまとめると以下です。

1)繁殖牝馬の近交係数はここ20年で上昇している。
2)繁殖牝馬自身の近交係数は、受胎、不受胎、流死産の率に影響を及ぼさなかった。
3)各配合の結果たる胎仔(架空胎仔を含む)の近交係数もここ20年で上昇している。
4)その配合において、近交係数が高い方が受胎率が高い。

上記の結果について私なりの見解を以下に述べますが、近交度合いを表す数値たる「近交係数」の概要および算出法については、 「近親交配(インブリーディング)とは何か?」 (その1) (その2) や 「我が日本の講ずべき方策」で説明しましたので、必要に応じて参照いただければと思います。

まず 1)と 3)は、「バイアスのかかった遺伝子プール」 (その1) から (その11) に書いてきたことを鑑みても、まったくの予想どおりであり、特に新たなコメントはありません。

2)は、交配する種牡馬によってその胎仔の近交係数はいかようにも変わります。 例えば、その繁殖牝馬自身の近交係数がかなり高いとしても、アウトクロスとなるような種牡馬と交配すれば、 その仔の近交係数は、母親の近交係数とは無関係に低くなります。

日本の民法では、いとこ同士の結婚まで許容されており、その子は3×3のインクロスということになりますが、 その子がどんな人と結婚しても生まれてくる子は4×4の遺伝的な効果や弊害がついてまわるなどということはあり得ないということです。 これはまさしく「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その11)」の前段に書いたウシュバテソーロの話の@です。 極端なことを言えば、実の親子やきょうだい同士の不義(過ち)で生まれてしまった人がいたとして、そしてこの人自身は健常であったとして血縁のない人と結婚したなら、 その結婚に起因する遺伝リスクは普通の結婚と変わらないということです。

以上から、繁殖に上がれるとりあえずは健常な牝馬における 2)の結果についても、あくまで現時点では特別なコメントはありません。

その一方で、4)の結果はまったく意外でした。 よって、今般の報告においては 4)こそ留意すべきものであり、少なくとも私が過去に見てきたいくつもの科学的報告の結果と相反します。 例えば「バイアスのかかった遺伝子プール(その5)」の中で引用した論文は、 偏りつつある遺伝子プールの負の結果として受胎率の低下があるとは直接的には述べてはいないかもしれません。 しかし、この論文のタイトルにある「Inbreeding depression」とは「近交弱勢」であり、環境省自然環境局の一機関である生物多様性センターのサイト (こちら) にある近交弱勢の説明では、「仔の死亡率が高まり、繁殖の成功率が低下したりします」と書かれており、 それは受胎率も含んだ話と解釈するのが通常ではないでしょうか。

以上のようなことから、もしも今後、4)と同様の結果が別の論文等でも報告されたなら、私自身の近親交配に関する考えに一定の軌道修正が必要となりそうです。 現時点では正直なところ、この 4)の結果をどのようにとらえていいのか、このような結果に対してどのような理屈が組み立てられるのかについて、思考を巡らせております。 「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その6)」に引用した論文のとおり、近親交配が頻発すれば、DNAのホモ接合度は増加します。 よって、今般の報告はあくまで机上の計算値であることから、実際のDNAのホモ接合度とこの計算値とはリンクしているのかどうか、といった考えもよぎるところです。

いずれにしても今般は学会での発表、つまり中間報告の位置づけであり、今後このデータをもとにまとめ上げられるであろう論文において、 本件の研究者諸氏がどのような考察を展開するのかは非常に興味深いところです。

最後に、こちら の「A look at the new genetic testing tool that could save studs and owners a lot of money」と題された記事は、 近親交配の弊害およびこれに対処するための配合検討ツールに関する話であり、 「Studies have found no link between genomic inbreeding and elite performance(近親交配と優れた(競走)能力に関連性は見出せなかった)」とありますが、 今般の報告においても、近親交配に優れた能力を引き出す効果があるようなことは、何ら書かれていないことは言うまでもありません。 あくまで受胎率や流死産率に関する話であり、そこだけは念を押しておきます。

(2024年12月2日記)

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