蔓延する誤解

先月書いた「バイアスのかかった遺伝子プール(その13) 」では、 ネットケイバのサイトが現在のプログラムを修正しない限りは、イクイノックスとショウナンアデラの配合で生まれてきた仔は 「ブラックタイド、ディープインパクト 37.50% 3 x 2」のように表記されてしまうと書きました。

そんな中、2020年の阪神JFおよび2021年の桜花賞をそれぞれソダシの2着と惜敗したサトノレイナスが、イクイノックスの仔を産んだということで、 X(旧ツイッター)のネットケイバのアカウント(@netkeiba)では こちら が投稿されており、やはり来たか……と思いました。 そして、この投稿に対してある人が、サンデーサイレンスの4×3が記載されないのはなぜか? という質問をしていたのですが、ネットケイバ側の回答は、 「ブラックタイド≒ディープインパクト3×2の中に内包されているからです」(←原文)とのことでした。

イクイノックスとサトノレイナスの仔のインクロスの内訳は、 こちら のJBISサーチのサイトのように、 サンデーサイレンス3×4、ウインドインハーヘア3×4と分別して表記するのが適切です。 「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その8) 」に書いたように、 3×4がダブルで入った場合の近交度合い(近交係数)は3×3と同等となります。決して「2×3」ではありません。 3×3と2×3では、近交度合いは倍ほど違います。

拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』の こちら にも書いたとおり、 全きょうだいにおける遺伝子の一致率はほぼ50%です。それなのに、ネットケイバのサイトにおける血統表の下部に記されている 「ブラックタイド、ディープインパクト 3 x 2」という表記は、遺伝子一致率100%のクローンや一卵性双生児と見なしてしまった結果です。

リアルスティールとラヴズオンリーユーは全きょうだいながら、前者は牡馬、後者は牝馬です。つまり性を決定する遺伝子の保有状況に差異があるわけですが、 上記の表記は全きょうだいなら全て同じ組み合わせの遺伝子群を両親からもらうという思考に基づくものなので、完全に矛盾します。 猫は1回の出産で4、5匹の仔を産みますが、その中にはオスもメスもいて、茶トラもいれば三毛もいたりしますよね。そのような事実をも無視しているのです。

さらに、上記のXにおけるネットケイバの回答文では「≒」という記号を用いていますが、AとBの共通点がほぼ50%の場合に「A≒B」と表記しますか?  まあそれ以前に、生物学的な視点を持てば、きょうだいや近縁同士を「=」や「≒」の記号で表すことなどあり得ないのです。 このあたりの話は、「キャッチーな表現」に書いたことも参照いただければと思います。

おわかりのとおり、イクイノックスとディープインパクト産駒の牝馬との配合について、 何の疑問も抱く様子もなく2×3と見なしている血統論者や評論家の言説には問題を孕(はら)むということです。 「インフルエンサーの言説」では、その言説の真偽を見極める能力たるリテラシーがますます求められていると書きましたが、 そういう意味では、今回の話は非常に良き「リトマス紙」となります。そのような発信をしている者の言説を信じることは、とてもリスキーだと瞬時に判別できるからです。

『優駿』における表記がようやく変更に」に書いたように、私は以前、ネットケイバ側に直接、当該表記の問題点を伝えました。 それでも依然修正されなかったため、もう一度伝えた記憶があります。 なおそれでも、かたくななまでに今後も修正しないとしたなら、キャッチーなスタンスを崩さないという意思表示だと思われ、 そのときはもう、そこはそこでと割り切らざるを得ないのでしょうか。

本コラムのタイトル「蔓延する誤解」という言葉は こちら のとおり、 上記拙著の「第2章 近親交配(インブリーディング)」中にも小見出しとして用いました。 ここで書いたのは「競馬ジャーナリズム」に書いたファントムシーフの話ですが、そこには、 このファントムシーフの生産者があたかも2×2という極端な配合に傾倒してしまっているような誤解を招き、生産者に迷惑がかかる旨、 また、メディアがこのような喧伝をし、仮に将来この馬がビッグレースを勝った場合には、逆に2×2が好意的にも受け留められてしまい、 「本当の2×2」を積極的に実践してしまう生産者も出かねない旨を書きました。 実際に、このような配合を行う生産者は一か八かの賭けに出ていると揶揄されて、迷惑がかかっているという話を耳にしました。

私自身、ネットケイバのサイトは頻繁に利用しており、また「我がレゾンデートル(その3) 」に書いたように拙著を紹介くださり、 感謝の気持ちはいっぱいです。よって、今般のコラムを書くことは気が引けたのも正直なところです。

けれども、だからこそです。それだけ愛着のあるサイトだからこそ、要改善点があれば改善してほしいと切に思うのです。 当然にネットケイバの情報は、競馬を生活の糧としている生産者も利用しています。 今般論じたイクイノックスとディープインパクト産駒の牝馬との配合は今後かなり増えることが予想されることからも、 特に生産界におけるさらなる誤解の蔓延は確実に避けるべきです。 「国内最大級の競馬情報サイト」と銘打っていることからも、確かな情報の発信をどうかよろしくお願いいたします。

(2025年3月29日記)

「2×3」と「3×2」、「3×4」と「4×3」のように分けて書いている記事やサイトも多いと思います。 父方か母方かを示すためですが、私は「2×3」「3×4」で統一しています。 近交度合いを論じるにおいては不問であることと、分別表記するとそこに深い意味ありと誤解を受けかねないためです。 こちら はネットケイバのサイトにおけるウシュバテソーロの血統表ですが、 「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その10)」に書いたとおり、この馬はノーザンテーストのインクロスではありません。 ましてや、ノーザンテーストの血は父方にしか入っていないのに、「4×5」ではなく敢えて「5×4」と記載されていることに何ら意味は見出せません。

(2024年4月3日追記)


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